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守口 > 大阪




みぎひだり 家々ぬって 旧街道

 八雲。
 「おしゃれに、してあるね。」旧街道に対して、気合が入ってるね。
 なんか、この路面だけ見ていると、古い家並みが、すっかりなくなって、新しくなったと思えるけど…。「けど?」もともと、周りは全部、田んぼだったんじゃないかな?
 「でも、このあたり、明治の地図見てると、大庭八番村の微妙に入口だね。」本当だね。失礼しました。m(_ _)m。
 このあたりは、明治16年に、もともとの大庭八番、北十番、南十番、下島の各村が合併して、今の地名の八雲になったようだね。「じゃ〜、八雲の八は、大庭八番の八?出雲は、関係ないの?」
 いやいや、合併の名前は、各村全体の氏神さまの八雲神社からとったんじゃないかな?「祭神は?」素戔嗚尊。「それで、八雲なのかな?」





新しき 石畳しも 色くすみ

 京街道石畳。
 「石畳が敷かれているね。」 中央に、京街道…って、あるね。「石畳プリントなどと違って、気合い入っているけど…。」 これ、この調子で、ずっと続くのかな? 「どうなんでしょうね。」




時空を 超えているのは 標だけ

 八雲。
 面白いね。昔の村の名前で表されているんだね。 「ただ、よそから通りがかった人には、分からないよね。」
 そうだよね。興味をそそられないよね。なんか、物語が欲しいかな。「案内した村の、寺社大木橋等のポイントもあれば嬉しいかな。」
 でも、案内板、大きくなるよね。「なら、QRコードを付けて…。」 実は、もう、付いてたりしてね。




地図見つつ 脇から脇へ 東海道

 八雲西町。
 センターラインのある片側一車線の府道から脇道にそれて、さらに脇道へ…。「これ、街の中だけど、絶対、住んでる人しか通らない道じゃない?」 そんな感じだね。




あるじゃなく ないから目を引く 一里塚

 一里塚。
 「また、見落とした?」 いやいや、見落としかけた…というか、こんな街中にあるとは思わないでしょ。
 「まぁ、郊外でも、跡形もなく、道路脇に石柱一本、立っているだけのところもある中で、もとのスペースが残っているのがすごいよね。」
 そうだね。建物が密集している中で、空き空間があるので目を引いたって感じだね。「奥には、一里塚を説明する石碑もあるし、入口には立て看板もあるし、信楽タヌキさんも立っているし…。」 そのタヌキさん、お隣のでしょ!




一礼で 上げる目はもう 梅にゆき

 堤根神社。
 「鳥居の前で、一礼するのはいいけれど、頭を上げた瞬間、もう、全て忘れて、梅の花の撮影会ですか?」 m(_ _)m。「先に、拝みましょうね。」 m(_ _)m。




大逆転 絶体絶命 故事の絵馬

 堤根(つつみね)神社。
 「ここの、神社の絵馬は…、瓢箪?」 そう。今から、千六百年前の話。「千六百年!」
 仁徳天皇の頃、茨田の堤を造る際、人柱を立てることになったって話、あったでしょ。「あった。あった。淀川の堤防上の茨田の堤の碑だね。」
 そう、人柱として連れてこられた茨田連衫子(コロモコ)。川に瓢箪を投げ入れて、人柱を欲している神が、まことの神なら、瓢箪を沈めよ…と言ったが沈まず、死を免れ、結局、堤も完成した話だよね。
 「それに、あやかっているわけね。」 たぶんね。「絶体絶命のピンチでも、機知でもって大逆転だね。」




本殿の 裏側にまわる 人追えば

 堤根神社 三宝神、宅神。
 「なんか、本殿で拝んだ後、本殿の裏側にまわっていく人がいるけど? 超強力パワーの奥の宮?」
 三宝神と宅神、台所の神様と、トイレとかお風呂の神様だね。「いつも、ありがとうございます。」




狛犬や 黙っていられる 訳がなく

 堤根神社。
 「なるほど…、そうだよね。」 梅の花がポツポツ咲き出して、目にも美しく、いい香りがしてきたら、ずっと、口を閉じていられないよね。「ずっと見てたら、かなり我慢しているように見えてきたけど。笑。」




淀川の 堤の跡や 住宅地

 茨田の堤跡。
 「住宅地の中の公園?」 いやいや、これが茨田の堤。「堤って、やっぱり、ここ、住宅地の中だよ。」
 写真左側の道路を挟んで、一筋、住宅が並んでいて、その向こうに古川が流れている。その古川が、たぶん、昔の淀川の本流かな。
 「そうなんだ。」 淀川の本流が変わって支流となり、さらに細くなって、周りが田畑になっていき、時代が変わって、住宅地に…って感じ。千六百年かけてね。
 「今も、川沿いに、この堤防は、残っているの?」 ここだけみたいだね。茨田の堤は、約二十キロあったみたいだけど、今は、写真に写っている部分だけだと約三十メートル。
 「悲しいね。まぁ、でも、一部でも残っているのが、すごいかな。」 残ってるんじゃなけて、結構奔走して残るようにされたみたいだね。「ますます、すごいね。」




三百年 平和な時代と 言うけれど

 弥治右衛門碑。
 「でっかい樹だね。でっかい碑だね。」 義民小泉弥治右衛門さんの碑だね。「一揆とかの首謀者?」 違う、違う。
 この辺り、昔は水はけが悪くって、稲の水腐れが発生して、毎年、収穫量が悪かったそうな。そこで、弥治右衛門さん、自ら排水樋を造ったそうな。 「改善したの?」
 問題は解決して収穫量は増えたけど、幕府に無断で作ったってことで咎められ、樋はそのままでいい代わりに、一家は処刑、田畑と財産は没収されたそうな。「何で、罰せられるのか、理解できないね。」




道標 顕彰碑から 公園に

 弥治右衛門児童公園。
 村人の感謝は尽きなかったけれども、罰せられているので、公には顕彰できず、道標に名前を入れて後世に伝えたそうな。「なるほどね。」
 でも、すごいのは、その話は風化することなく、約280年後くらいに、大きな顕彰碑が建てられた。「どれだけ、感謝していたか…って、ことだね。」
 さらに…。「さらに?」 碑の建っている公園の名前は、弥治右衛門児童公園。「名前が入っているんだね。」 さらにさらに、その斜め前の広大な公園は、弥治右衛門碑前公園。「写真の公園だね。」 今もなお、語り継がれているんだね。




人集う 巨大教団 真ん中で

 願得寺。
 「大きいお寺だね。」 そうだね。前の道がせまいから、特に感じるね。「このお寺は?」 蓮如上人の十男である実悟さんが開いたお寺…かな。
 「蓮如上人の子…ということは、巨大教団になった後に、生まれた?」 そうだね。「ということは、順風満帆の教団の中で、むちゃ幸せな生涯?」 いやいや、逆かな…。「何があったの?」
 いきなり養子に出されちゃった。「生まれてすぐ?」 生後百日までじゃないかな。行き先は、実子のいなかった加賀本泉寺の異母兄、蓮悟さんのところ。
 「しかし、加賀っていったら、門徒衆の…、百姓の持ちたる国…だったんでしょ?」 百姓の持ちたる国…って言ったのは、実悟さん本人なんだよね。「えっ? 生後百日で?」 違う! 歳とってから書き残しているの!
 「いや〜、でも、やっぱり、幸せそう。」 そんな中、事件は起こる。「事件?」




世の流れ 血の流れかな 運命は

 願得寺。
 実悟さん13歳くらいの時、河内の国錯乱が起こる。「錯乱? 何? それ?」
 時の権力者、細川政元が、蓮如上人の後を継いだ実如上人を直接訪問して、対立していた畠山氏討伐の協力を依頼、実如上人は畠山氏の本拠地である河内の国への侵攻を指示した。「それ、もう、なんか、一揆じゃないね。」
 そう。河内の門徒衆にしてみたら、争ってもいない畠山討伐指示に呆れ、石山御坊住持で蓮如上人九男の実賢さんを担いで、法主の交代を求めた。しかし、法主側が先に動き、実賢と二人の同腹の弟たち、その母親を拘束してしまった。「ありゃまぁ、ちょっとかわいそう。」
 そして、同腹の兄弟だった実悟さんも、廃嫡扱いにされてしまう。「…ただの人?」
 さらに…。「さらに?」 16歳くらいの時、実悟さんの養父に実子が生まれると、疎まれるようになり、20歳くらいで末寺である加賀の国の願得寺の住職にされてしまう。「ただの人、まっしぐらだね。」




百姓が 持ちたる国の 風景は?

 願得寺。
 百姓の国も、時間が経つと雲行きが怪しくなってくる。「織田信長が攻めてきた?」 いや。「上杉謙信?」 いやいや、攻めてきたのは、本願寺! 「は〜? どういうこと?」
 実如上人が亡くなった後は、その孫の証如上人が法主に就くが、幼いことから、蓮如上人の子、蓮淳さんが補佐として、実質教団を仕切った。「それで?」
 法主を中心とした体制を強力に推し進めようとして、百姓の国を仕切っている蓮如上人の息子たちが住持する三つのお寺と争い、これを排除してしまう。40歳くらいになっていた実悟さんも、これに巻き込まれて、お寺は焼かれ、能登へ逃亡。「百姓の国って、平和じゃなかったの? …って、これ、実の兄弟での争い?」
 そう。兄弟や甥っ子たちを、死に至らしめているからね。「むちゃくちゃだね。」




血の流れ 重き発言 重き門

 願得寺。
 実悟さんが本願寺から赦免されたのが60歳くらいの時かな。「なんとね。」
 70歳くらいで古橋坊に移住して願得寺と改めた。「ここのお寺ね。やっと終の住処に辿り着いたの?」 いやいや、まだまだ。「これ以上、なにが?」
 80歳くらいから、石山合戦が始まる。「この期に及んで、信長さん、登場ですか…。」
 90歳くらいで、石山合戦が終わる。亡くなられたのは、92歳くらい。「おつかれさまです。」
 実悟さんは、教養人であり、たくさん書き物を残されているそうな。「そうなんだ。戦乱の世を潜り抜けて…って、たくましい人だけじゃなく、教養人なんだ。」
 当時、法主の名前で行われていた生害や後生御免などに対して、そんなもの、どこの経典に書いてあるんだ!…と言ったり、教団が行う儀礼が手を抜きすぎだとか、一族の若い者の教養がなってないとか、教団を思うが故の厳しい意見が多いようだね。




騒音で きれいな姉さん お引越し

 京阪横。
 昔、この辺りに、真昼間から、美しいお姉さんに化けて、いたずらをするキツネが住んでいたそうな。「どんないたずら?」
 蜆貝をお金に変えて、豆腐売りから、豆腐と油揚げを買うとか。「へぇ〜、よく聞くような話だけど、こんな京阪電車が、ガンガン通っているところにも、そんな話があるんやね。」
 そう、その電車が通ってから、あまりにもうるさいので、山に帰って行ったそうな。「それ、結構、最近の話?」 明治の終わり頃。




土が石 水が車に 移ろいて

 水郷碑。
 「ここは?」 京阪電車と大阪モノレールの門真市駅前だね。上空左側がモノレールの軌道、右側が近畿自動車道四車線と大阪中央環状線六車線。で、写真の左手前、歩道上にあるTの字型の碑が、旧門真村、水郷跡の碑。「水郷…って、湖やら沼やら川やらが広がっていて、小舟で行き来しているような…。」 そう。「それが、ここ?」 そう‼
 元々は、河内湖の湖の中だからね。鉄道が敷かれる前までは、河内蓮根の栽培で有名な豊かな水郷農村だったそうな。 「なんか、まったくもって、信じられないね。」




カリスマの 像かと思えば 握手をと

 松下幸之助像。
 「これは、どなた?」 経営の神様と言われた松下幸之助さんかな。「神様…にしては、この像、いいね。」
 この像は、労働組合に対して理解を示していた幸之助さんに感謝する形で、労組から贈呈されたものだそうな。「握手を求めているのがいいね。」
 そうだね。この像を見た人は、誰でも自分に対して、握手を求められている気持ちになるよね。「いや〜、でも、しかめっつらで、猫背で、キョロキョロしながら歩いているお爺さんに、握手は求めないでしょ?」 おいっ!




一日だけ 日本の首都が ここにあり

 盛泉寺。
 「えっ? 日本の首都がここ…、守口に?」 そう。明治維新間もない時期に、大久保利通主導で大坂遷都が企てられ、先行し既成事実化する形で行われた行幸の祭に、守口で一泊されたそうな。
 「それ、でも、単に行幸でしょ?」 いやいや、政府首脳1700名が付き従い、三種の神器も携えてであり、八咫の鏡はここ盛泉寺本堂前に賢所を設けて安置されたそうな。だから、首都というのも、あながち、でたらめとは言えないね。
 「じゃ〜、その後、どうなったの?」 翌日、大坂の津村別院に入られて、約40日ほど滞在されたが、江戸が無血開城となり、街が無傷だったので、江戸への遷都が有力となり、大坂遷都は無くなってしまったようだね。




大行列 高いとこから 見物し

 難宗寺。
 この銀杏の木は、樹齢500年だそうな。「じゃ〜、明治維新の大坂行幸を、余裕で見ていたわけだね。」
 明治天皇が、守口で泊まられたのは、ここ、難宗寺さんだったようだね。西本願寺門主が、お出迎えされたとか。
 「御門主さまも大変だね。ひょっとして、明治になってからの行幸では、宿泊所が末寺になるたびに、飛んで行かれたとか?」 まさかね。




お上の 怠惰を黙って 見ておれず

 白井家書院跡。
 「これは…?」 マックのドライブスルー。メニューをご覧になって、しばらくお待ちくだ…。「おいっ! その前に、あるやつ‼︎」
 大塩平八郎ゆかりの書院跡だね。「守口の人だったの?」 いや、支援者で、豪農、白井孝右衛門の屋敷があったところだね。ここで、近在のお百姓さんたちに、講義をしていたようだね。
 「お百姓さんたちに…?」 そう、大塩平八郎の乱では、なんと、奉行所の与力、同心という武士をはじめ、百姓、医師、神主、僧侶、猟師、町人、馬借人、無宿人など、職業は様々だけど、大塩平八郎さんの考えに共感する人たちだね。




知ったなら 黙っておれず 行動に

 白井家書院跡。
 「大塩平八郎の乱って、色んな職業の人が参加しているよね。生活の基盤が同じ、運命共同体じゃないのになぜ?」
 大塩平八郎さんは、陽明学者。王陽明の解くところの…知行合一(ちこうごういつ)。知っているだけで、行動を伴わないのは、知らないことと同じ…って、ことらしい。
 「それで、大塩平八郎の講義を聞いたたくさんの人が、乱に参加したのかな。」




それなりに やっちゃいるけど 間に合わず

 白井家書院跡。
 大塩平八郎の乱が起こったのは、天保の大飢饉の後半。前半では、大塩も奉行所側におり、様々な献策を行い乗り切っていたので、後半ではやることなすこと、とても見ていられない、という感じだったんだろうかね。「気が短くって正義感の強い、まっすぐな人だったのかな。」




ミステリー すべては語らぬ 道標

 江戸川乱歩寓居跡。
 「江戸川乱歩って、守口の人だったの?」 みたいだね…って、違う、違う! 「そうだよね。お江戸生まれだよね?」 それも、違う! 三重県は名張の人。どうも、作家になった初めの頃に、このあたりに、住んでいたのかな。
 「どの建物?」 さぁ〜? 「おいっ!」 ホント、分かんないね。やっぱり、説明板が欲しいね。「トリックのかたまりみたいな忍者屋敷みたいなところだったのかな?」
 いや〜、凝りに凝った家じゃなくて、普通の借家じゃない? だって、この方、生涯で46回も引っ越しているらしいよ。「なんだ〜、93回の葛飾北斎には勝てないね?」 引っ越しの自慢大会かい?




守口の 街が生んだ 名探偵

 江戸川乱歩寓居跡。
 江戸川乱歩は、大学卒業後、就職して、五年程度、守口に住んでいたのかな。たぶん。「その頃から、さっそく、推理小説を書いてるの?」
 そう、D坂の殺人事件…も、この頃の作品じゃないかな。「明智小五郎が、初めて登場するやつ?」
 そのとおり。ということは、明智小五郎は、守口生まれ…?かな。 「すごい! そういうことになるね。」




疲れたる 足しも勝手に 進みゆき

 来迎坂。
 「あっ、いいね。こう言う坂になっている路地。」 来迎坂だね。足元の、ちっちゃくってかわいい道標に、なら…のざき…みち…って、あるね。「なら…は、奈良。のざき、…は?」 野崎詣りの、野崎観音じゃない? 「どこにあるの?」 さぁ〜。「おいっ!」
 う〜んと、ここから、東に七、八キロ行った生駒山系の麓だね。「来迎坂っていうのもありがたい名前だね。これも、地名?」 来迎町は、やはりここから東に〇・〇ニキロメー…。 「もう、いい!」




ここへ来る ためにありたる 出会いかな

 来迎坂。
 来迎坂を降りて、最初の辻あたりから向こうが来迎町。「坂のすぐ下じゃん!」 来迎寺というお寺さんがあったところから付いた名前のようだね。「今は、もう、無いの?」
 ここじゃないけど、あるよ。成仏した幽霊の足跡が残っていたり…。「ゆ、幽霊の足跡…?」 25回も引っ越しをしたお寺で…。 「25回も引っ越し…? それって、ひょっとして…。」
 そう。少し前に立ち寄った、佐太の来迎寺さん。そのお寺さんが、最初にあったところだそうな。そして、さらに…。「さらに?」
 この坂を降りたあたりに、推理小説作家が住んでいたらしい。「推理小説作家…?」 46回も引っ越しした…。「46回も引っ越したって、それ、ひとりしかいないでしょ!」 分かった? そう、江戸川乱歩。 「また、引っ越しの自慢大会かい‼︎」




時うつり 文禄堤も ビルの谷

 文禄堤。
 「文禄堤って言うと…?」 天下統一を成し遂げた秀吉さんが、造った堤防。枚方から大阪の長柄までの27キロにもおよぶ堤防だね。「長いね。」
 しかも、その堤防上を街道として整備したから、水害を防ぎつつ、かつ、交通の便をよくすると言う一石二鳥的な事業だね。
 「さすがわ、天下人の力だね。」 あっ、正確に言うと…。「えっ? なに? なに?」 秀吉さんは、指示をしたけど、実際に造ったのは、毛利輝元、小早川隆景、吉川広家。「そうなんだ。」 家康さんが、名古屋城を造ったって言うのと同じだね。「ホントだね。それじゃ、清正像よろしく、毛利公の像くらきおかなきゃ!」 そうだよね。




淀川や いつの間にやら どこへやら

 文禄堤。
 「えっ? これって…。」 そう、文禄堤の真の姿。足元の道路を跨ぐ橋の上から左向こうに延びているのが我らが文禄堤! 「橋の下を通っている道路の面が、建物で言う普通の一階の高さ?」 そう。
 堤は、現在、700メートルくらい、残っていて、交差する道路には橋を渡してあるね。「すごいね。」 しかも…。「しかも?」
 今の淀川は、遥かかなた、800メートルほど向こうを流れているんだけど、当時は堤のすぐ下を流れていた。「じゃ〜、この写真で見えてる橋の下の道路、一階の面、川だったわけ?」 そのとおり! 「一瞬、昔の淀川が見えた気がした。」




何百年 眠れる龍の 背のように

 文禄堤。
 上の写真の反対側だね。見えているのが、高架になっている京阪電車の守口市駅。「こっち側も、切り立っているんだね。」 高架駅と同じ高さだね。
 「なんとね。道路と、その両側の建物の分の幅だけ、高くなっているんだね。しかし、よく、残ったよね。」
 いや、それは、残ってる部分が、守口の宿であり、賑わっているところだったからだよ。「なるほどね。」




昔から 地震雷 火事おやじ

 高札場。
 「高札場…だね。跡の石碑とかじゃなくて、そのまま、残ってるの?」 いやいや、やっぱり、再現してあるだけだけど、だけど、都会の中で、再現するのは、気合が入ってると思うよ。「内容は、適当?」 いや、その当時のものが書かれているね。パッと見て目についたのは火事のこと。
 
 一、火を付けるものを知らば…
 一、火を付るやものを見付けは…
 一、あやしきものあらば…
 一、火事の節…
 一、火事場其外いづれの所にても…
 
 「やっぱり、火事は、怖かったんだね。」 家も財産だけじゃなく、命さえも、持っていくからね。
 ちなみに、先に話のあった大塩平八郎の乱の時は、望んだわけじゃなく結果的にだけれども、大坂の街の五分の一が焼けたそうな。「そうなんだ。で、この高札場も宿場で一番目立つ目立つここに設置されたの?」
 いやいや、元々高札場があったのは、大塩平八郎が近隣の人々に講義していた白井家の端、街道が折れて文禄堤が始まるあたりだね。「それ、わざと目に付くように、設置してたの?」




数あれど 我がゆく道が 本街道

 十三夜坂。
 「なに、たたずんでるの?」 ここは、十三夜坂。「分かった! お月さん、出るのを待ってる?」 お月さん? あっ! 十三夜ってお月さんのこと? 「すみません。適当に言っただけです。 m(_ _)m。」
 ここは、中高野街道の起点なんだって。「中…高野街道? 高野街道って、いったい、いくつあるの?」
 今まで歩いてきた東海道五十七次の途中、京都の岩清水八幡宮下から始まって、河内の国を南北に縦断する東高野街道。「次に歩きたい街道のリストに入っている道だね。」
 港町、堺から始まる西高野街道。住吉大社にお参りしてから高野山へ行く、欲張りコース。「おいっ!」 一番交通量が多かったんじゃないかな。「御利益重視の神仏習合の道ね。」 おいっ!
 大阪は四天王寺から始まる下高野街道。「四天王寺にお参りしてから…。」 もう、いい!
 そして、江戸時代、大坂では、西町、東町、天満の大坂三郷以外で唯一都市を形成していた平野郷の杭全神社から始まる中高野街道。「あれっ? 守口スタートじゃないの?」 そう〜だよね。ないね。



立ち止まり 今日は見上げる 月見坂

 十三夜坂。
 謎の中高野街道。守口から平野までの道っていうのは、もともと、河内湖から大和川河口に続く低地で、大阪平野で一番後から開発されたあたりだったんだろうかね。
 「それで、それまでは周辺部をぐるっと廻って通っていたけど、開発後は、真っ直ぐ突っ切る形になったんだろうかね。」 どんなものか、歩いてみたいね。




堤防の 上で危ない 時もあり

 文禄堤。
 「う〜ん、雰囲気のいい建物が残っているね。ここだけみてたら、堤の上っていうのが、信じられないね。」 そうだね。「いつまで、堤だったの?」
 淀川の、改良工事は14年間の工事を経て、明治43年に完了しているね。始まりは、枚方の宿で見た水害碑、明治18年の大洪水が始まりだね。「そういえば、はなしていたよね。国家的規模の大事業だったって。」
 そう。滋賀県の琵琶湖の出口:瀬田の洗堰の建設、大阪の街への入口:毛馬の黄門の建設のほか、京都宇治川のつけかえ、大阪中津川を新淀川に付け替えと、大規模な河川の流路変更も行なっているね。「あれっ? 守口の流路変更は?」




淀む河 名前もそろそろ 変更も

 文禄堤。
 守口の流路変更…、他があまりにも大規模なので、霞んじゃってるね。でも守口の流路変更も結構、規模が大きいよ。なにせ、淀川右岸にあったはずの集落が、工事完了後にまわりをみたら、淀川左岸になったくらいだからね。「それは、すごいね。元々、淀川は、クネクネと流れていたの?」
 クネクネどころじゃないね。守口の宿場町よろしく、入口が、枡形だね。「枡形? …って、90度に曲がってたの?」 ほぼほぼ、そうだね。「そりゃ〜、危ないよね。」




旧街道 車を尻目に 空をゆく

 文禄堤。
 「でも、淀川の流路が、そんなに変更されたなんて、今の我々からしたら、信じられないよね。」 国土地理院の古い地図を見れば…、なんと…。「なんと?」 ちょうど、改良工事中時期だったのか、当時の情況が見れる。「ほんと?」
 守口付近は、新旧両方の河川が、まるで複々線のように並んで流れているね。「ほんとだね。おもしろいね。」




どうやって 持つかと思えば 首に巻き

 もり吉。
 「これは?」 もり吉くんだね。守口市のシンボルキャラクター。「と言うことは、守口を代表する要素が詰まっていると言うこと?」そう。構成要素は、芝犬、守口大根とポシェットの中の守口漬だね。
 「守口大根って言うのは…?」 キャラが、首に巻いてるやつね。「腕組んでるんじゃないんだ。」細いけど、世界で一番長い大根だね。「長い? 世界一?」 今までで一番ながかったのは、191.7センチあったそうだよ。「191…、すごいね。」 身が締まっていてかたいので、漬物:守口漬けに使われている。
 「でも、歩いている途中では、栽培されているような感じの風景、なかったけど?」 今じゃ、まったく作られてないような。「まったく…。」主力産地は、岐阜、愛知だね。「そうなんだ。でも、作られ続けられてるのはよかった。」
 いやいや、もともとの守口大根、守口漬とは、全然別物らしい。「名前だけが継承されて…、こう言うこともあるんだね。」




パトロール 安心安全 犬の街

 もり吉。
 「キャラのもうひとつの要素、芝犬って言ったけど、守口とはどんな関係?」 う〜ん、日本人一般に愛されている芝犬…って感じ。「特にかんけいないの?」
 キャラを決める時、選考で最後まで残ったキャラの中に、もうひとつ、ワンちゃんがいたんだけど…。「けど?」 コンセプトには…、守口市で多く見かけ、かつ親しみを持ちやすい犬…って、あるね。
 「なるほど、たぶん…、でも確実に…、たくさん、飼われていて、お散歩しているのかな。」 犬の街…?




大阪から 電車で十分 マーライオン

 マーライオン。
 「こ、こ、これは…。」 守口ライオン? 「守口大根?」 マーライオン。「m(_ _)m。」
 「なぜに、マーライオン?」 う〜ん、姉妹都市…なのかな? 「どこと?」 シンガポール…じゃ…ない…みたいだね。ナゾ?
 「まぁ、あまり気にしなくていいんじゃない。斜め向かいの百貨店前にも、謎のネーミング、カナディアンスクエア…ってのがあるし…。」 そっちこそ、姉妹都市の関係じゃない? 「そうなの?」 カナダのニューウエストミンスター市だよ。




東海道 最後の宿場を 後にして

 守口宿。
 「守口は、東海道五十七次最後の宿場町だね。」 そう。東で言うなら、お江戸のひとつ手前…、品川だね。「そう言えば、そうなるね。」 と言うことは…。「と言うことは?」
 新幹線の駅があって、当たり前! リニアの終点も守口にすべき! 「それは…
ちょっと…、京阪電車の特急でさえ、通過するのに。」 やっぱり…、そうかな。




やる気出す 商店街の 垂れ幕に

 京阪東通商店街。
 お〜、ほとんど誰もいない朝の商店街もいいね。「何が?」 垂れ幕!
 大売り出しとか、お得とか、安いとか、割引とか、今だけとか、大売り出しとかじゃなくって…。「社会の底辺を生きるサラリーマンを応援するような文言だね。」 おいっ!
 
 新しいことって勇気がいるが 恐れずチャレンジ
 今日も一日一善 福を積む
 
 いいね。「旅人さんも、この辺に住んどきゃ、よかったのにね。」 こらっ!




邪気でさえ 微笑むだろう 親子狛

 守居神社 狛犬。
 「よく見ると…、子ども…、いや、赤ちゃん狛犬を、おんぶしているね。」 ほんとだね。神域に入ってくる邪気を追い払うと言うよりも、和やかな気に変えるって感じだね。
 「そう言えば、親子の狛犬って、前にもどこかで会ったよね。」 西国街道は、西宮戎だね。「そうそう、あちらは、親の脚元にちょこんと寄り添っていたけどね。」 おんぶされているのも、かわいいね。「いいね。」




面影は ひとつもあらねど 秋来れば

 木犀の陣屋跡。
 このあたり、森小路という。「はいはい、クマさんがイヤリングを拾った?」 違う! 昔、この辺りは森になっていて、その中を小路が通っていたから…。「森小路? 地名の由来の方が、童話っぽいけど。」
 で、この辺りには、木犀の陣屋が、あったそうな。「それって、木犀のいい香りが、街道いっぱい、里いっばいに漂って、香りに誘われて、お殿様が宿泊したって感じの?」
 そのとおり! 「やっぱり、童話っぽいね。でも、大坂も守口も、むちゃ近いし、宿場でもないのに陣屋で泊まるのって、現実として許されの?」
 許されたかどうかは分からないけれど、十四代将軍家茂が宿泊したり、多くの大名も宿泊場所を守口の宿からこちらに変えて泊まったらしいね。「許されとるやん!」 …と言うか、誰も文句言わんでしょ。




色々な 時代が混ざって 旧街道

 森小路。
 京かいどう…の、石柱に、ランプ風街灯にも、京かい道…の文字。色んな時代が混ざってるね。
 「でも、石柱、よく見たら、昭和ろくじゅうねん…て、あるけど。」 あ、新しいんだね。




街道や 地を掘り天に 橋かけて

 城北運河と阪神高速。
 突然、家並みが途切れて、少し開けたと思ったら…。「これは、高架の道路と、川?」
 そう、橋の下は、城北運河。「運河だったの?」戦前昭和15年の竣工で、水上輸送でもって周辺地域の産業発展に貢献したそうな。
 上は、阪神高速道路の森小路線。「高速道路だったの?」 運河の上を跨ぎながら、そのまま、仲良く並走しているね。「舟と車の並走ね。」 まぁ、舟はもう、走っていないかな。




由緒板 内容よりも 先に目が

 関目神社。
 おっ、かわいいね。「ちびっ子、狛犬兄弟だね。で、これは何に乗っかってるの?」 由緒板だね。「なんて書いてあるの?」 えっ? 「おいっ!」




七曲り 大阪城の 鬼門守護

 関目神社。
 関目…っていうのは、この地に、目で見る関所…見張り所があったから、関目というようになったらしい。「そうなんだ。でも…。」 何?なに? 「逆に、目で見る以外の関所って…なんだろうね。」
 う〜ん、そうだね。匂いの関所…とか? 「なに? それ?」 いい香りを漂わせて、今晩は、ここで一泊しようかという気にさせて、敵の侵攻を一日ずらす…とか? 「そんな、バカな…って、それって、ひょっとして、木犀の陣屋? あれ、関所だったの?」 すみません。適当に言っただけです。m(_ _)m。
 もうひとつ、迷いの関所…って言うのは? 「なに? それ?」 街道を、クネクネ曲げて、敵の侵攻を遅らせたり…とか? 「そんな、バカな…って、それって、ひょっとして、関目七曲? あれ、関所だったの?」 すみません。適当に言っただけです。m(_ _)m。「おいっ!」




鉄道が 地上を空を 地下をゆく

 都島通りの、おおさか東線高架下。
 「あっ、いいね。この雰囲気。」 四車線の都島通りが、JRおおさか東線の高架をくぐるところだね。「四車線ある通りなのに、片側の歩道にだけ、アーケードがついているんだね。」
 元々は、写真左向こうからやってきた京阪電車の野江駅があり、歩いてきた街道に沿って電車が走っていたみたいだね。「駅は引っ越したの?」
 そう、高架化にともなって、ここから南西に500メートルくらいのところにね。でも、今はこの通りの下を、地下鉄が走っているよ。駅の入口まで、300メートルかな。「すごいね。かつては地上を、そして今は、上空と地下を、電車が走っているんだね。」 それで、今も賑やかなのかな。




精一杯 水の神にぞ 守られて

 野江水神社。
 ここは、野江水(のえすい)神社。水の神様。「やっぱり、八百八橋の水の都だから?」 そう…と言いたいところだけど、大阪で水の神様は、珍しいらしいよ。「そうなんだ。」
 元々、室町時代にここに築城されたお城を水害から守るために建てられたようだね。「淀川の水害の話、今までもいくつか聞いたよね。」
 築城から五十年、秀吉さんも崇敬し、修築されたそうな。「パワーアップだね。」
 さらに江戸時代に入った百年後、あたり一面海になるくらいの水害でも、お社は無事だったらしい。「さすがだね。」
 さらにさらに百年後、前回よりもひどい淀川の氾濫が起きたが、この時も無事。「強力だね。」
 ところが、その八十年後、例の明治十八年の淀川の大水害では、本殿は倒壊したそうな。「それだけ、ひどかったんだね。」
 再建された後の先の大戦では、このあたりは火の海にならず、戦災をまぬがれたようだね。「ありがとうございます。」




旧街道 人も電車も クネクネと

 野江七曲。
 この辺りは、昔の地名でいうと、野江…に、なるのかな…。 「街の中だけれども、道が、ちょっと、クネクネしているね。」
 昔、野江七曲…って、聞いたことあるんだけど、この辺りのことを言うのかな? 「ついさっき、関目七曲…って、あったよね?」
 そう、大阪城の鬼門の守りを固めるために、わざと道をクネクネにしたとか。「それが、関目七曲。」 関目も野江も近いよね。なのに、同じ七曲を別々に呼んでいた?「隣の集落だよね。」仲、悪かったの?「おいっ!」
 大坂から来る人は野江七曲、京から来る人は関目七曲…って、呼んでいたとか。「別々のものだとしたら、野江と関目で、十四曲。」 お〜、倍だね。
 ちょっと、検索してみたら、昔の京阪電車のカーブを、野江七曲って言ってたっていうものがあるね。「すると、旧街道は関目七曲、京阪電車は野江七曲?」 新しい説だね。「ナゾだね。」



2022.04.28.:
 京阪電車枚方市駅から、守口市駅まで、てくてく。
2023.02.27.:
 京阪電車守口市駅から、大阪市営地下鉄谷町四丁目駅まで、てくてく。

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