>>新しい記事<< | >>宿場リスト<<

藤川 > 赤坂




並木道 確保されども 歩道なし

 藤川の松並木。
 「にいさん! そら〜無茶でっせ! 並木道が保存されてるだけでも、良しとせなぁ。」 そうだね。結構、車の通行量は多いけど…、この並木道、いいよね。
 「でも、よく残ったものだね?」 そうだね。よくは、分かんないけど、昭和38年に岡崎市の天然記念物に指定されたからかな? 「昭和38年?」 高度経済成長で開発が急速に進む前だったから、助かったのかも知れないね。「なるほどね。うまいこと、考えたものだね。」
 ただ、ここまで歩いてきた街道の中でも、数多くの並木が失われてきたけど、同様の手で保護できなかったものかね。「まぁ、今でこそ、保護しなきゃって、意識になるけど、その当時はよくある見慣れた風景でしかなかったからかな?」 う〜ん、むつかしいね。



ゆっくりな カーブも良ければ 坂もいい

 藤川の松並木。
 「あぁ〜、いいね。このカーブ、この坂。」 今まで、通った中で、並木の坂道は、無かっただろうかね。いいね。「いつまでも、残ってほしいものだね。」
 まぁ、天然記念物だから、開発の心配はないだろうけどね。「ただ、生きてるものだからね、弱ったり、枯れたり、それはそれで、長い目で見たら、難しいかもだね。」
 でも、十年くらいまえから、抜けた木を補う補植活動として、地元小学校による卒業記念事業に当てられていたりするらしいね。「あぁ、それは、いいね。歩いてきた途中でも、安城のあたりであったよね。」 記念にもなるし、意識も高まるし、それでいて景観は保たれるし、いいよね。



坂の上 大名行列 出てきても

 藤川の松並木。
 「えっ? 今、ここで? そら〜、逃げ道なさそうなんで、道端で土下座するかな。」 道端って、土手の上に上がって、土下座? それ、高いところに座って、見下ろしてることにならない? 「き、斬られる…かな?」
 その土手の草刈りや清掃も、地元の障害者支援施設の方々が、定期的に行っているそうだね。「それで、こんなにきれいなんだね。」


よくこんな ところに電線 通したな

 藤川の松並木。
 ここの松並木、よく見ると…。「よく見ると?」 電線が、通っているね。「えっ、どこ?」 それに、電柱もあるんだね。「見えないけど。」
 こういう景観のところに来ると、電柱、電線がたくさんあろうが、舞台で黒子を見るごとく、まったく無いものとして、頭の中で景色を作るのが



悪役の 裏の裏側 元通り

 吉良道。
 忠臣蔵で超有名な悪役である吉良上野介…実は名君だった。「何をやったの?」 領民にとって一番大事な治水。黄金堤を築いて洪水をなくして収穫を安定化させ、新田を開発して増産に努め、塩田にも力を入れて経済的な増収もはかり、領内を赤い馬に乗って見回ったと。
 「すごいね。名君だね。」 やっぱり、忠臣蔵という作品の中で、観客の心を掴むための演出上、極端な悪役にされたせいだと、思って、い、た、が…。「えっ? 思っていたが?」
 実は、名君のエピソードには、確たる裏付けが無いような…。「えっ、そうなの?」 当時の記録、吉良家日記…には、堤防や新田・塩田開発など、記録されてないそうだ。 「でも、実際にそれらは存在するんでしょ?」 後の時代のことだったり、隣の領地だったり。そもそも、役職がら、京へは21度も上洛しているが、領地の吉良には生涯で一度しか訪れていないみたいだね。「なんと…。」
 さらに、息子が跡を継いだ上杉家には、莫大な借金を肩代わりさせたり、毎年自身の石高:四千石よりも多い額を支援させたりしているからね。「浅野内匠頭以上に、斬りつけたかったのは、上杉家のご家老たちだった?」 かもね。



なんやかや あれどもやはり 名君で

 吉良道の別れから東海道は江戸の方角。
 「なんなの? また、その逆?」 今まで、何度も登場したお茶壺道中。「ほう。あの権威づけだけのような、偉そうで、残酷非情の行列?」 ちょっと、言い過ぎ! 「m(_ _)m。」
 そのお茶壺行列が、ここ吉良道の追分を通る時は…。「通る時は?」 必ず、雨が降るそうな。 「ほぉ〜、行列が困れば、うれしく思うのは、ちょっと、意地悪かな? これは、吉良さまの仕打ち?」
 う〜ん、高家肝煎…って、将軍家と朝廷の間にあって、絶対に粗相の許されない役職たから、継承も大変だと思うんだけど、それに比べたらお茶壺道中は…と、いうことで、ちょっとくらい、苦労しろ!って感じで、吉良さまが、雨降らせるのかな? 「根拠はないけど、納得してしまうような…。」 茶壺の涙雨…と、いうらしいね。



並木道 越えても余韻 どこまでも

 吉良道の向こう。
 「う〜ん、確かに、先ほどの並木道ほど、松の木が密じゃないけど、余韻があるのは、いいね。」
 これ、岡崎からやってきて、よかったよね。「そうだね。逆だと、素晴らしい並木道が終わった瞬間に、トラックとかがバンバン行き交う、四車線の国道一号線だもんね。」 あと、歩く気しなくなるんじゃない?



爰も三河 地名も藤の字 かきつはた

 藤川十王堂。
 「芭蕉さんの句碑だね。なんて、書いてあるの?」 さ〜。「おいっ!」 読めないもん。
 
 爰も三河 むらさき麦の かきつはた
    (松尾芭蕉)
 
 「読めたじゃん!」 案内板を読んだの!
 「かきつはた…って、やっぱり、八橋の杜若?」 そうなんだろうかね。 「芭蕉さん、八橋では、なんて詠んでたっけ?」 かきつばた 我に発句の おもひあり。「これは、八橋の方が先で、藤川は後? 江戸へ向かう途中で詠んだのかな?」
 う〜ん、八橋で、業平さんを意識して、はち切れんばかりの思いを持って立ったけど、言葉が出ず、ここ、藤川に来て、むらさき麦を見て、その思いが、再燃した…。「そう。同じく、そう思う! 違うかな?」
 まぁ、でもね、季節的にむらさき麦を見ているとしたら、亡くなる年の最後の旅:上方へ行った時に詠んだのかな。「となると、詠んだ順は逆?」 いやいや。だいたい、八橋にあった句は、その九年くらい前に、名古屋で詠んでるし…。「そうなんだ。」 そのとき、その場で、詠んでいるとは、かぎらないんだね。



旅の恥 かき捨てなども 十王が

 藤川十王堂。
 「十王…。そう言えば、中山道の守山にも、十王寺って、あったよね。」 小野篁が開いたお寺だったかな。
 「そこと、同じ? 十王…って?」 亡くなった方の審判を行う裁判官だね。亡くなってから七日目を最初として、七日ごとに四十九日までと、百か日、一周忌、三回忌の十回の審理を行う各回の責任者で、その十尊を祀るお堂だね。
 「なるほど。それじゃ、今からいっぱいお願いしときゃいいのかな?」 まぁ、でも、その気持ちでもって、襟を正して行動すれば、結果としては、いいかもね。 「よそから来た人は、特に用心して行動しなければならないね。」 それ、誰のこと?



ならず者の 股くぐりても 武士は武士

 藤川十王堂前から江戸の方向を見る。
 「股くぐり?…と言えば…、韓信?」 そう。「ここでも、韓信の股くぐり…あったの?」 らしいね。
 ここを、通りがかったのは、赤穂浪士のひとり、神崎与五郎。 「赤穂浪士…、忠臣蔵…、ということは、討ち入りを前にして、恥をかこうが、名を汚されようが、大事の前だから耐え抜いた?」 そう。
 チンピラみたいな馬子が、馬に乗れ…と、絡んできた。「やだね。」 断ると、腰抜け侍などと挑発。「なんか、松の廊下と、同じノリだね。」 さらに、詫び証文を書け…などと詰め寄り…。「書いた?」 そう、書いた。馬子は、馬鹿にして、笑って立ち去った。「えらいね、与五郎さん、内匠頭さんよりも。」 おいっ!
 しかし…。「しかし?」 討ち入りがあったあと、馬子は自分が散々馬鹿にした侍が、実は赤穂浪士の一人だったと知り…。「知り…? う〜ん、自分なら、どうするかな?」 馬子は、大いに恥いって、出家をして、与五郎さんを弔ったそうな。 「なんと…、えらいね。上野介さんよりも。」 おいっ!



背後から そうかなぁとは 思ったが

 道の駅 徳川家康像。
 「やっぱり、家康さんだったね。」 家康像に関しては、目が肥えてきたよね。「岡崎の街で、ずいぶん鍛えられたからね。」 笑。  「で、なんで、ここ、藤川にも、家康さんの像があるの?」 検索したら、生誕の地…だって。「ホント? ここで、誕生したの?」  この像が立っている道の駅によると…。
 
 当駅は、徳川家康公生誕の地、そして
 江戸幕府の礎を築いた三河武士発祥の
 地である岡崎市の東の玄関口に位置す
 る、国道1号沿いの道の駅です。
 
 三河武士も、ここが発祥だって。「いやいや、生誕も発祥も岡崎市にかかってるでしょ!」 m(_ _)m。



びっくりな 毎日走って この体型

 道の駅 飛脚像。
 「これは、道の駅のモニュメントだから、みんなに愛されるように、可愛らしく幼児体型の飛脚さんに、したんでしょ!」 そうかなぁ? 「だって一日に30〜60キロ近く走って、この体型はないでしょ!」
 でも、この次の赤坂の宿と、その次の御油の宿の距離は、1.7キロ。この宿場間専属の飛脚だったとか? 「そうくる?」 新米の飛脚は、まずここに配属されて、飛脚人生をスタートしたとか? 「ムム…。だんだん、そんな気もしてきた…。」 知らないけどね。「おいっ!」



旅人が 足止め腰を おろすには

 藤川小学校 歌碑。
 「これは…、歌碑? なんて書いてあるの?」 う〜ん…、読めるとこだけで、いくと…。
 
 藤川の 〇〇〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇
  〇〇〇〇〇〇〇 うで蛸のあし

「蛸のあし…? なんじゃいな、それ?」 案内板によると…。
 
 藤川の しゅくの棒ばな みわたさば
  杉のしるしと うで蛸のあし
    (歌川豊広)
 
 「蛸…って? ここ、海に近いの?」 いや、どうも、先ほど話にあった吉良の辺りから運ばれてきた海産物で、蛸の足を茹でたものを、軒先に吊るして、旅人に酒を振る舞っていたとか。 「いいね〜。」 そう、酒好きには、たまらない風景だね。
 「ところで、蛸の足って、あれ、どっちかというと、腕なんだよね?」 そうだね。物を掴めるし、あれで歩いてるわけじゃないからね。「じゃ〜、上の歌は、うで蛸のうで…?」 …。 「なんで、腕が二回出てくるの?」 …。 「うで蛸っていう蛸の種類?」 …。
 う〜ん、まったく、分かんないけど…、うで蛸って、茹で蛸…かな? 「そうなの?」 この辺りの方言で、ゆでるを、うでる、っていうとか? そうそう、うだるような暑さって言うじゃない。「なるへそ。そうかも…。」



現実の 宿場の姿は うつろえど

 藤川小学校 歌碑。
 「さっきの歌だけど、作者、歌川豊広って、歌人というよりも、浮世絵師って感じの名前だけど?」 その通り。浮世絵師だよ。 「…。」
 豊広は、歌川広重のおっしょさんだね。 「そうなんだ。」 そして、なんと、豊広も、東海道五十三次を描いている。 「それ、ホント?」 ホント! その豊広の描いた浮世絵にこの狂歌が添えてあるらしい。 「…ということは、純粋な風景画ではないの?」 そのようだね。人物と狂歌の組み合わせだね。 「へぇ〜、そんなパターンもあるんだ。」
 そう、一般的に有名な広重以外にも、いろんなシリーズがあるよ。例えば、菱川師宣…。「各宿場の見返り美人集?」 違う! 葛飾北斎…。「各宿場から見える地元富士?」 違う! 喜多川歌麿…。「各宿場の美人図?」 う〜ん、当たってるかな? 「マジ?」



旅立ちの 卒業式は 満開で

 藤川小学校。
 「いや〜、満開だね。」 今日は、3月19日。 「むちゃ、早くない?」 うん、おそらく、史上最速レベルなんだろうね。「この調子じゃ、「入学式は…。」 青葉茂れる? 「そう。」 でも、誰もいない春休みの間に、咲いて散るよりはいいよね。「写真、いっぱい撮ってもらえるといいね。」



少しだけ 残っているのも また良くて

 脇本陣跡。
 脇本陣跡だね。門だけが残っているのかな。「これ、再現されたんじゃなくて、元々あったもの?」 案内板によると、関ヶ原の戦いのあと、ここに越してきた大西喜太夫(橘屋)のもので、一部修理も施されているが、昔日の名残をよく留めている…とあるね。ただし、一度火災にあっていて、享保年間の再建らしいね。
 ここ、藤川は、宿場としては、あまり大きくなかったようだね。「歩いてきた岡崎の宿がデカかったからね。」 そう。しかもこの先の赤坂の宿にしろ、御油の宿にしろ、近いからね。「たいていの旅人は、休憩こそすれ、宿泊は無かったんじゃないかな。」
 しかも、宿場の東半分は、隣の山中村から住民を移住させて、こしらえた町のようだね。「そうなんだ。」 街道の交通量増大に伴って、常備人馬の増加を命じられたさいには、とても対応することができなかったので、移住拡大措置をとったとか。 「宿場の役割を十分に果たすためには、負担はかなりきつかったんだね。」



藤の花 その頃業平 阿仏尼は

 藤川宿。
 本陣跡。ここには、再現された高札場とか、宿場に関する案内板があるよ。 「石碑だけに比べたら、往時の雰囲気に浸れていいね。」
 ところで、藤川は、元々は、宇治川と呼ばれていたようだね。 「UJI…が、FUJI…に、なったの?」 音韻的に、F…が、無くなるのなら分かるような気もするけど、なんで増えるんだろうね? 「それじゃ、別に、籤川でも、筋川でも、辻川、ぬじ川、藤川、むじ川、ゆじ川でも、いいんじゃない?」 いやいや、候補の段階で、漢字で書けないのが三つあるし…。「この中じゃ、やっぱり、藤川かな。」
 なんか、藤の花が綺麗だったから藤川になったって、ネット上にあるね。「それ、先に言って!」



神様の 名前変われど 宿守り

 関山神社。
 「あれは、お寺さん?」 神社だね。関山神社。その里宮だね。「ということは、奥の宮もあるの?」 奥の宮は、その後ろの山の上だね。
 北斎が描いた東海道の藤川の絵には、赤山大明神…と、書かれているね。「漢字は違うけど、読みは同じ?」 読みは、はっきり分からないけど、関山…は、元々は、赤山…なんだろうな。
 「赤山大明神…って?」 泰山府君のことだね。十王堂に祀られている十王の一人でもあるね。「なるほど。藤川の守り神だね。」
 神…だけれども…。「十王ということは仏教?」 赤山大明神から関山神社になったのは、明治元年とのことみたいだね。「じゃ〜、元々大明神だったけれども、仏教の神だったので、廃仏毀釈の影響で、変更されたんだね?」 いや〜、どうなんだろう。三河は、真宗が強い地域だからね。「素直に従ったとは思えないね。」 検索したら、天保年間の社殿改修の時に、関山大明神と奉称したと、あるね。「ということは…。」 ということは? 「改修の際の、書き間違い?」 おいっ! 「m(_ _)m。」



行き過ぐも 振り返りつつ 目がいくは

 人形処。
 「これ、すごい建物だね。」 うん、目が釘づけ。「何階建て?」 一、二、三、四階…は、違うか。 「おいっ!」 城郭みたいだね。ホント。
 「人形処って、あるね。人形屋さん?いつの時代からあるのかな?」 昭和38年からだって。 「江戸時代じゃないんだね。」 当たり前っちゃ、当たり前だけど、ホント、そんな印象。



どれほどの 家臣たちが 身代わりに

 明星院。
 「このお寺さんの御門は、立派だね。」 すごいね。見たことないね。
 むかし、昔、あるところに、徳川家康という武士がおったそうな。 「おいっ!」 家康さんが、鵜殿長持と戦った時のこと。総崩れになった時に、白衣の入道が現れ、その周りから数百の矢が射かけられたので、形勢逆転。「神がかりだね。」 敵は退却したが、敵将が白衣の入道に一矢報いた。
 で、後日、このお寺に戦勝のお礼参りに伺うと、なんと…。「なんと?」 不動明王さまの片目が潰れていたとのこと。「白衣の入道は、不動明王さまだったの?」
 しかし…。「しかし?」 



家臣らの 一つ一つの 傷跡に

 明星院。
 こちらのお寺さんの不動明王さまを、実際に見ていないから、目の具合がどうかは、分からないけれど、片目をつぶった像は、他にもいらっしゃるようだね。「そうなの? 珍しくはないの?」
 珍しいかどうかは分からない。が…。「が?」 そのお姿は、阿遮一睨…と名前が付いているくらい。「そうなんだ。」
 
家康「怪我をしたのか?」
家臣「昨日、伏兵で攻撃した時に矢を…」
家康「この不動明王様は!」
家臣「いかがされ…」
家康「昨日の伏兵は、この不動明王様か?」
家臣「いやいや、それがしが配下の…」
家康「しかも目に矢傷を!」
家臣「いや、あれは、阿遮一睨と言って…」
家康「ありがたや、ありがたや。」
家臣「おいっ!」 なんてね。m(_ _)m。



願いごと する前にまだ やることが

 明星院。
 大黒さまが、祀られているので、願をかけようとしたら…。 「したら?」 その前に、ひとこと、ふたこと、みこと、言われた。「何を?」
 
 中途半端だと愚痴が出る
 いい加減だといい訳ばかり
 真剣だと知恵が出る
 
 「なるほど。」 いちいち、納得だね。「で、願いは?」 忘れちゃったよ。笑。



案内板 高札形式 よく読みて

 駐車場。
 駐車場…、無料なんだよね? 「いいね。」 いいね…と言えば、案内板。「そうだね。定…に、始まって、高札場を模した形式になっていて、いいね。」 無味乾燥な冷たい感じ、しないもんね。



格子戸を 中心にして 目を細め

 藤川宿。
 「かつては、こう言う格子造りの町家が続いていたんだよね?」 そうだね。ここ藤川宿の前後の旧街道は、国道1号線に、上書きされているけど、宿場の範囲に関しては、バイパスが造られて、宿場自体は、そのまま。 「ただし、残念だけど、建物は、どんどん、変わっていくよね。」  でも、ほら...。格子戸を中心にして目を細めたら...。「全体が格子戸の街並みに...、見えるかい!」 m(_ _)m。



鉄道に 国道またいで 遥拝し

 津島神社。
 「鳥居があるね。」 鳥居の上に見える木立の中に本殿があるのかな。 「参拝していく?」 う〜ん、この旧街道から、まっすぐ参拝するのは、かなりの猛者じゃないと無理というか、社会的に許されないかな。「なして?」
 まず、鳥居の前を名鉄が疾走している。「そんなに急がなくてもいいのにね。」 おいっ! 「踏切の黄色い柵みたいなのが見えるけど?」 踏切は無いようだね。「なんと…。」
 線路を越えたとして鳥居をくぐっても、その先は川。「なんとなく、歩行者専用みたいだけど、橋はあるみたいだね。」
 川を越えたら土手を登って国道1号線。「藤川の手前まで歩いてきた、トラックがバンバン走る道ね。」 そう、四車線、中央分離帯があって、渡るのは不可能。
 「まぁ、ハナから廻り道すればいいんだけど、ちゃんと鳥居をくぐって正面から参道通って参拝しないとって、性分の人もいるからね。」



振り向けば 絵に描いたような 風景に

 藤川宿東棒鼻。
 「こ、この風景は…。」 この風景は? 「ひょっとして、広重の?」 そう、広重の東海道五十三次、藤川宿の東の入口、東棒鼻。 「そうか…、広重はこの風景を見て、あの浮世絵を描いたんだね。感動…。」 違う! 「えっ?」 この風景は、あの絵をみて、造られた! 「逆? つまり、再現?」 そう。 「なんとね…。」



風景と 役者絵を合わせて 大人気

 藤川宿東棒鼻。
 東海道の各宿場を描いた浮世絵でも、三代歌川豊国は、役者見立て。 「役者見立て?」 なんと広重の東海道五十三次を背景に、その宿場にゆかりの物語を舞台化した歌舞伎の役者絵が、描かれている。「風景プラス役者、いいとこ取りの、合わせ技? 藤川は、誰?」
 背景は、広重の東棒鼻、役柄は鎌倉三代記の佐々木藤三郎こと、佐々木高綱。「佐々木高綱…と、言えば…、源平合戦は宇治川の戦い?」 そう、その佐々木高綱が、庄野の宿場で…。 「ちょっと待った! 藤川の宿じゃないの?」 そう。「後で、出てくるの?」 出てこない。 「なに? それ? じゃ、なんで藤川なの?」
 すわぁ〜、まったくもって、分かんないんだけど、藤川の昔の名前が、宇治川だったからかなぁ…。 「ホンマかいな…?」



神君が 隠れた穴を 探すため

 山中八幡宮。
 「山中八幡宮の入口があるね。」 地図で見ていた入口とは違う場所だから、裏参道…って、感じかな?
 「本殿の裏からなら、神君が隠れたと言われている洞窟も、近いかもしれないね。」



四車線 国道行くより 足軽く

 山中八幡宮。
 「ちょっと、坂、きついね。」 でも、四車線の国道の歩道を歩いているよりは、いいね。 「意外と明るいね。」 神君が隠れた洞窟、見落とさないようにしないとね。



案内に 従い登れば 奥の宮

 山中八幡宮 奥の宮。
 「これが、奥の宮?」 そのようだね。玉垣で囲ってある中に…、御神木? 「祠があるよりも、神聖な感じがするね。」  でも、なかったよね? 「何が?」 神君の洞窟。 「そうだね。イメージとしては、表参道上がって、本殿の裏に入って、奥の宮から、さらに山中深く分け入ったところにあるのかなって、感じだったんだけどね。」 見落としたかな…。



八幡宮 武神の紋は 稲穂かな

 山中八幡宮。
 「本殿の左には三つ葉葵、右は抱き稲穂?」 そう、抱き稲穂と言えば? 「お稲荷さん!」 そうだけど、最近、どこかで、見たことない? 「あっ、奥の宮に、同じ御紋があったよね。」 よく覚えてたね。 「三分前だからね。」  地元の人たちが、奥の宮を、稲前神社として祀ったのが、この神社の始まりのようだね。 「神社の名前にも、稲の字が入っているんだね。」 まさに、五穀豊穣を願って祀られたという感じだね。



頼朝は 蜘蛛の巣神君 鳩ぽっぽ

 山中八幡宮 鳩が窟。
 本殿にお参りして、表門から退出すると…。 「退出すると?」 神君が隠れた洞窟はあっちって、案内板があったね。 「なんと、本殿の手前にあったの?」
 この洞窟は、三河一向一揆の際に、一揆軍に追われた神君が、身を隠した洞窟だそうな。 「源頼朝が、石橋山の戦いに破れて逃げる途中で、洞窟に隠れたのと同じだね。」
 こちらの洞窟は、鳩ヶ窟と言われていて、洞窟から鳩が飛び立つのを見た一揆軍が、人のいるところから鳩は飛び立たない…として、見逃したそうな。「頼朝さんの時は、梶原の景時が、蜘蛛の巣だらけで人はいないと言って見逃したんだっけ?」
 そう聞いてたけど、頼朝さんの方も、隠れた洞窟は、しとどの窟…と言われていて、シトトと言う鳥が飛び立ったのを見て、人がいないと考えて見逃したみたいだね。「じゃ〜、まるっきり、同じ?」 そのようだね。



ほとばしる パワーに合わせて 深呼吸

 山中八幡宮 大楠。
 「この楠、すごいね。」 そうだね。まるで、スーパーサイヤ人のような…。 「からだ全体から、パワーが噴き出しているような…。」 鳥山明さん、ひょっとして、ここを訪れて…。 「この樹を見て、思いついたのかな?」 まさか、ねぇ…。



ところどこ 残りてあるのも よきものと

 舞木。
 「並木…じゃないけど、いいね。」 そうだね。住んでる町じゃ、生活道路に、こんな木は、ないものね。



本宿の 十王集まる 集会所

 本宿。
 ここは、十王堂だね。「えっ? ここ、普通のお家じゃないの?」 玄関の上に、十王堂…って、あるよ。「ホントだ…でも、よく見ると、左には、本宿町栄集会所…って、あるね。」 そうだね。閻魔さまはじめ、十王さまの、集会所? 「なんか、恐ろしいような…、見てみたいような…。」



鬼柴田 仁王立ちでも なさそうな

 本宿代官屋敷。
 「鬼柴田…? って…言うと…柴田勝家?」 そう! 織田信長の宿老筆頭。「ここ、本宿(もとじゅく)の生まれだったの?」
 違う! 柴田勝家の孫が、江戸幕府の旗本となり、さらにその孫の代で、ここ本宿の領主となったそうな。 「なんとね。」 以来、明治維新まで、続いたそうだよ。
 「賤ヶ岳の戦いで勝った豊臣家は、江戸時代のはじめに滅んじゃったけど、負けた柴田家は、ずっと続いていたんだね。」 なんか、感慨深いものがあるね。
 「でも…。」 でも? 「鬼柴田の子孫が治めていた代官所の木にしては、なんか、優しい感じがするけど?」



領民の 健康気遣う お代官

 本宿代官屋敷。
 「そんなに、優しいお代官さまが、いたの? 江戸時代に?」 江戸時代じゃなくて、明治になってから。「明治になってから?」
 ここの代官は、世襲代官として、富田家が、勤めていたそうな。「ほ〜。」 で、明治になってから、当主の方が医院を開業。「なんと、お医者さんになられたの?」 それから百年を超えて、四代に渡って、今も地域の病院をやっておられるそうな。
 「なるほどね。今は、お代官でも、領民でもないけれど、地域住民の健康を日々、気遣っておられると言うことだね。」 なんか、いいね。ここを、去るにあたって、この木の風景のバックに、新日本紀行のテーマ曲でも流したい感じだね。



テーマ曲 織りなす人が 生み出して

 本宿代官屋敷。
 「新日本紀行…のテーマ? えらい古い曲を持ってきたね?」 この曲の作曲者、分かる? 「知らない!」 冨田勲さん。「冨田勲って、シンセサイザーの? 富田…って…、ここの世襲代官やってた富田さん?」 そう。ここの二代目の院長の長男が、冨田勲さんみたいだね。
 「そうなんだ。じゃ〜、あのテーマ曲のインスピレーションは、この風景から?」 いや〜、あの曲は、日本の風景なら、どこでも合いそうな気がするね。「確かに…。」



神君の お手植え松は 若返り

 法蔵寺。
 「若返る…って?」 枯れても、新しい松を、植え直しているからだよね。「なるほど。」 今の、この松は、四代目だそうな。
 「やっぱり、神君お手植え…って言うところから? 畏怖の念から?」 う〜ん、案内板に書いてある文言の雰囲気からすると…。「ん?」 慣れ親しんだ松…と、あるので、地元の人たちにとっては、子供だった時から、そこにあるもの。親しみの感の方が強いんじゃないかな? 「愛されている感じだね。」



期待大 小さい時から 塾通い

 法蔵寺。
 「神君は、幼少の頃、このお寺さんで、学問・手習に励んだって、案内板にあるけど…。」 あるけど?
 「おのお寺さんに、住んでたの?」 さ〜? でも、跡継ぎだから、住んではいないでしょ。
 「じゃ〜、岡崎から、通っていたの?」 すわ〜。「藤川の宿を通り越して、かなり遠いよね?」 そ、そうだね。「嫌になったんじゃない?」 あっ、でも、馬に乗ったら、ひとっ走り? 「手習する年齢で?」 う〜ん、家臣と一緒に乗っけてもらって…。 「ふ〜ん、今なら、バイクに乗っけてもらってるみたいに?」 そう。それなら、楽しくって、毎日でも通うかもよ? 「なるへそね。」 どうだったんだろうかね。



時うつり 無縁仏に 胸像が

 法蔵寺。
 「無縁仏…って、街道を旅していて、行き倒れた人?」 いやいや、亡くなられてから、街道を行き来した人。「なに? それ? 幽霊さん?」
 板橋で亡くなったあと、京都へ行き、そしてここ法蔵寺まで戻ってきて、無縁仏として供養されているみたいだね。「なんとまた、足も無いのに、体力のある幽霊さんだね。」 胴体も無いけどね。
 「胴体も無いって、首だけ? 板橋で亡くなって、京都で…さらされた? 近藤さん?」 そう。新撰組の近藤勇さん。「なんとね…。」



百年間 無縁仏と して眠り

 法蔵寺。
 昭和30年代、この寺の本山である京都誓願寺の資料から、近藤さんの首の行方が分かったそうな。「忘れ去られていたの?」
 それを受けて、このお寺で調査したところ、無縁仏の墓の土に埋まった台座から土方さんの名前が出てきたそうな。「このお寺でも、忘れられていたの?」
 まぁ、明治維新直後は、逆賊扱いだからね。その世間からは憚れる中で、無縁仏としてだけど、堂々とお墓をたて、祀って供養され続けたのは、すごいね。「でも、なんで、ここ、本宿で?」 う〜ん、藤川の茹で蛸を肴に、酒を呑むのが好きだったから? 「おいっ!」



無縁の地も 敬慕す和尚に 供養され

 法蔵寺。
 京都は三条大橋西詰で首をさらされた近藤さん。ところが、三日目に、誰かが持ち去った。「誰が持ち去ったの?」山口某。「山口…って、ひょっとして、斎藤さん? 斎藤一?」 普通は、そうくるよね。だけど、斎藤さんは、会津で戦っていたからね。「そうだよね。」
 伝わるところでは、首は近藤さんが生前に敬慕していた方がおられる宝蔵寺に持ち込まれたが、その方は、おられず、ここ法蔵寺の住職になられていた。「それで、京都から本宿まで…。」
 ただ、近藤さんのお墓と認知されるまで百年くらい無縁仏として伏せてきたので、謎も多いらしいね。「でも、近藤さんのお墓は、ここだけなんでしょ?」 いやいや。「えっ?」



英雄の 伝説の如く この地にも

 法蔵寺。
 近藤勇さんのお墓は、たくさん、あるよ。「たくさん?」 板橋。「処刑されたあたり?」 三鷹。「生家のあたり?」 会津若松。「ん〜?」 土方さんが遺体の一部を葬ったそうな。それに、米沢。「ん〜?」 近藤さんのいとこが、首を持ち帰って葬った。「首、ふたつも、あるの?」
 そして、ここ本宿だね。「まぁ、お墓がいくつもあるのは、英雄のしるしだね。」 それだけ、大勢の人たちから、供養されているってことだからね。



長生きの 秘訣は尊の お水かな

 法蔵寺。
 「みことの、お水?」 むかし、昔、飛鳥時代に、このお寺ができるよりも、もっ〜と、昔。「どれだけ、昔なの?」 ここに、やまと、たける、という人が、やってきた。 「それ、日本武尊でしょ!」 そう、どういう事情で、旅をされていたのかは…。 「東国征伐でしょ!」
 尊が、山の頂で、祈りを捧げると、この場所から、水が湧き出たそうな。「神がかってるね。」 この水を飲んだ兵士たちは、元気になり…。「ほ〜。」 病のものも、立ち上がったと。 「なんと。この水、三方ヶ原で、使ったらよかったのに。」 やられても、やられても、立ち上がり…って、怖いよ!



宿の木戸 敬意を払い 赤信号

 ルネサンス木戸。
 「これは…、再現された、宿場の木戸?」 う〜ん、旧街道の、間の宿の入り口ってことで、象徴的に、作られたものなんじゃものなんじゃないかな?
 本宿の東の入り口にあたるところみたいだね。「すぐ横を、四車線の国道一号線が通っていて、本来なら、そのま、足早に通り過ぎるところだよね。」 おそらく、家並みが続く旧街道を避けてバイパスを造ったんだろうね。
 無表情に続く四車線道路に、アクセントがあっていいね。



平八郎 初陣の城 こんもりと

 登屋ヶ根城跡。
 「平八郎…って、本多忠勝?」 そう。「ふ〜ん、平八郎さんにも、初陣って、あったんだね。」 そうだね。笑。



御領主が 出世するのは いいけれど

 長沢城跡案内板。
 「長沢…って、ひょっとして、長沢松平って聞いたことあるけど、発祥の地?」 そのようだね。「で、長沢松平って?」 おいっ!
 十いくつかある松平のひとつ。神君の関東移封時に一万石の領地を賜ったけど…。「いきなり、ここを、離れちゃったんだ。」 しばらくして、跡継ぎがなく途絶えた。「あらまぁ…。」 しかし、神君の七男が、跡をつぐ。「神君の子が…。やったね。」
 しかしながら、幼くして、亡くなる。「無茶、残念。」 ところが、今度は、六男忠輝公が、跡をつぐ。「よかったね。」



御領主は 所詮よそ者と なりゆきて

 長沢城跡案内板。
 「ちょっと待って。忠輝公と言えば…。」 そう。 「最終的に、改易された人だよね。」 そう、そう。
 忠輝公は、長沢松平の跡を継いだけど…。「けど?」 先に亡くなった当主は、忠輝公の弟。「は? 弟の跡を、兄が継いだの? 普通、逆じゃない?」
 どうしてだろうね。「母親の身分?」 すわ〜、なんか知らないけど、神君から、嫌われていたのかな…。
 でも、とんとん拍子に、領国を増やしていき…。「まぁ、そら、神君の息子だからね。」 そして、おまけに…。「おまけに?」 伊達政宗の姫を嫁にもらう。「すごい! もう、怖いものなしって、雰囲気だね。」
 ところがどっこい、大坂夏の陣では叱責され、神君臨終に際しても会わせてもらえず、その後、改易されてしまう。「減封とかじゃなくて?」 いきなり、領国ゼロ。「すごい! いったい、何があったの?」 すわぁ〜?



街中で なくても消えゆく 一里塚

 一里塚。
 「一里塚だね。」 またまた、見落とすところだったね。
 「街の中でもないのに…。」 残らないものなんだね。



冬枯れの ススキの向こうに 土手桜

 豊川市長沢町向谷土手桜。
 「あれは?」 枯れススキ! 「その向こう!」 桜? すごいね。



子供達 合唱始める 桜道

 豊川市長沢町向谷土手桜。
 「こりゃ、いいね。」 ほとんど、誰もいないね。お母さんと、子供が二人…、おばあさんと付き添うおかあさん。近所の家のおじさん二人。
 「青空広がって、桜が満開で、子供たちが歌い出して…。」 長沢って、松平忠輝卿の話があったり、山沿いの一本道って感じだったけど、ここにきて、思いっきり明るく広がったね。



似合わない ライダーさえも 寄ってきて

 豊川市長沢町向谷土手桜。
 「なんか、やかましいバイクが街道を走ってるね。」 早く通り過ぎてくれないかな…。
 「こっち、やってきたけど。」 ビシッと、言ってやらなきゃいけないね。「何て?」 よそ見しながら運転するなって。「そりゃ、ちょっと、かわいそうだよ。こんなに満開だったら、誰だって寄ってくるよ。」



お年寄り 乗せた車が そろそろと

 豊川市長沢町向谷土手桜。
 「おばあさんを助手席に乗せた車が、そろそろと行くね。」歩くくらいの速さでね。「娘さんが運転しているね。」いいね。  同じような経験あるけど、都市部ではね。「そうだね。運転する身からすると、前後が気になって、こうはいかないものね。」ホント、いいね。ここは。



裏庭で 宴会準備も 楽しそう

 豊川市長沢町向谷土手桜。
 「あそこ、桜の下で宴会の準備している人…。」 ん? おじさん二人? 「そう。車も無いのに、次から次へと色んな物、出して並べてるけど、どうやってるのかな?」
 すわぁ…って、裏のおうちから、運び出してるよ。 「こりゃ、いいね。」


2023.03.14.:
 愛知環状鉄道中岡崎駅から名鉄藤川駅まで、てくてく。
2023.03.19.:
 名鉄藤川駅から名鉄小田渕駅まで、てくてく。

宿場リスト
岡崎 > 藤川 | 赤坂 > 御油